介護者による特定の言葉のやり取りが身体拘束のように作用する「スピーチ・ロック」。スピーチロックは、言葉の力だけで患者の行動を制限し、患者の気持ちまで傷つけてしまう恐ろしい拘束方法です。当記事ではどのような言葉が拘束にあたるのかを解説するとともに、解決策として、現場で応用できる言葉の言い換えも紹介します。介護現場で役立てていただければ幸いです。

目次

スピーチロック(言葉の拘束)とは

スピーチロックは目に見えない言葉の拘束であるため、介護側が意図していなくてもスピーチロックと認識されることがあります。

ここでは、スピーチロックを含む拘束の定義と、どういった例がスピーチロックになるのか、について掘り下げていきます。

介護現場での3つのロックについて

スピーチロックは言葉によって身体的・精神的な行動を抑制する行為を指します。スピーチロックにははっきりとした境界線がないため、厳密に線引きすることは困難です。

しかし、利用者が拘束されていると感じたり、行動の抑制につながったりする場合は、スピーチロックにあたると考えて良いでしょう。

介護現場での身体拘束には、「スピーチロック」「フィジカルロック」「ドラッグロック」があり、これらを総称して3ロックと呼んでいます。それぞれどのような拘束なのか以下にまとめます。

  • スピーチロック:言葉や叱責による行動拘束、身体拘束
  • フィジカルロック:紐や腰ベルトなどによる身体拘束
  • ドラッグロック:意図的な薬の誤飲、過剰摂取、不適切な投与による身体拘束

中でもスピーチロックは、フィジカルロックやドラッグロックとは異なり、言葉を使った目に見えない拘束です。そのため、意図せずにこれらの拘束具が使用される可能性があることを認識しておくことが重要です。

スピーチロックが起きる原因

上記の説明を読んで、自分の行為は大丈夫だろうかと心配になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここでは、強い言葉によって言動を拘束してしまう理由を考えてみましょう。

原因①人手不足

日々の業務に追われ、利用者の声に耳を傾ける余裕がない人は要注意です。スピーチロックの例として、利用者が自室の介護士に声をかけたが、介護士は入浴介助で忙しいため、「またね」とだけ答えて部屋を出て行ってしまったという状況があります。

これは一見、時間に追われている介護者としては当たり前の対応に思えます。しかし、利用者からすれば、「なぜ待つのか?いつまで待てばいいんだ?」と感じてしまいます。

また、命令口調であるため、介護者は利用者に「動くな」と命令していることになります。このようなスピーチロックを防ぐには、命令口調ではなく、具体的に、優しい口調で伝える必要があります。

原因②利用者の安全や言動への対応

利用者の安全を確保するために、スピーチロックが必要な場面と思われる場面もあります。例としては、歩行が不安定なユーザーが突然自分で立ち上がってしまい、慌てて「立ち上がらないでください」と呼び止めてしまう場合があります。

立って歩こうとするのは人間の自然な動作であるため、利用者は「どうして立ってはいけないのか?用事があるのに。」と感じてしまいます。

スピーチロックによる影響

ここでは、スピーチロックを行うことで利用者に与えてしまう悪影響について紹介します。以下の情報を頭に入れておくだけでも、接し方が変わるかもしれません。

影響①行動意欲の低下

患者さんの行動意欲が低下し、自分で何かをすることがなくなると、筋肉を動かす機会が少なくなります。

筋肉を動かす機会が少ない状態が続くと、これまでできていたことが徐々にできなくなります。その結果、ADL(日常生活動作能力)が低下し、要介護度が悪化する可能性があります。

このような事態を防ぐためには、スピーチロックを避けるために、利用者の行動を制限しないよう、一声一声に気を配ることが重要であると言えるでしょう。

影響②認知症患者の症状の悪化

行動意欲の低下と連動して認知症状が悪化し始めます。認知症状のある高齢者は、言われたことをすぐに忘れてしまう傾向がありますが、感情が大きく動いた出来事は強く記憶されます。

特に、「無視された」「拒絶された」「怒られた」といったネガティブな感情は、強く記憶に残ります。自分の考えや目的がある以上、介護者の都合ばかりを優先して理由なく否定されれば、当人が嫌悪感を抱くのは当然でしょう。

特に、信頼している家族などから否定的な言葉を浴びせられることはストレスとなり、記憶に強く残ります。そのため、被害妄想や錯乱状態に陥り、人に強く当たってしまう傾向があります。

そのため、否定して強いストレスを与えないよう、十分に注意する必要があります。禁止や警告をする場合は、なぜそれがいけないのかを具体的に説明し、相手のプライドを傷つけないように優しく伝えましょう。

影響③利用者からの信頼をなくす

スピーチロックは、利用者の心身の健康に大きな影響を与えるだけでなく、最悪の場合、介護者との信頼関係も崩してしまう可能性があります。

理由もわからずに制限されていると感じると、介護者に自分の思いを伝えることが難しくなり、心を閉ざしてしまい、信頼関係が失われ、十分な介護ができなくなってしまうこともあり得るでしょう。

スピーチロックを防ぐ対策

また、他の利用者を待たせたり、自分自身が怪我をしないようにするために、その行動を我慢してもらうこともあります。このような状況に対処するための実践的な方法を紹介します。

対策①利用者の気持ちを考える

思いついた言葉をそのまま口にするのではなく、その言葉を発した時に相手がどう感じるかを考えることも大切です。

人前で言いたくない言葉は、他の利用者に聞こえる場所で使わないように注意する必要があります。例えば、職員がオムツを替えようとするとき、他の利用者に聞こえるように大きな声で「おしっこ出た?オムツ交換の時間ですよ」と伝えていないでしょうか。

そうではなく、患者さんに近づいて、控えめな声で「トイレにご案内しましょうか?」「お部屋に戻りましょうか?」といった声かけをするなら、相手にも安心感を与えることができるでしょう。

また、何度話しかけても理解してもらえないようであれば、丁寧な言葉や短くてわかりやすいフレーズを使ってみましょう。

その際、言葉と一緒に表情や身振り手振りを加えてみてください。例えば、手で椅子を指し示し、目を合わせながら視線を椅子の方に誘導します。それから「お座りになりますか?」と問いかけると効果的です。

対策②言い換える言葉を意識して使う

スピーチロック対策の代表的なものに言い換えがありますが、「少しお待ちいただけますか」「そこにいてください」などの何気ないフレーズを言い換えるだけで、スピーチロックを避けられる可能性があります。

上記のフレーズを使いたい時は、「今〇〇しているので、あと◯分待ってもらえますか」 「10時に戻ってくるので、その時まで待っていてください」などと伝えてみましょう。

もし危険性のある行動が伴っている場合なら、なぜそのような行動をしてしまったのか、その理由を探ってみるようにしてください。

また、一般的には、口調を優しいものに変えるだけでなく、なぜそうしてほしいのか理由をつけるとよいでしょう。

「お待ちください」と言う言葉を使用する場合は、具体的な数字を出すと、相手にもわかりやすく、スピーチロックの印象も与えません。

対策③研修を行う

スピーチロックに関する研修会への参加や、施設内での実施により、スピーチロック予防の意識を高めることも可能です。

例えば、全国国民健康保険診療施設協議会では、研修会とアンケート調査を組み合わせた取り組みを行った事例が報告されています。

この事例では、スピーチロックの定義と対策について学習を行いました。スピーチロックは介護現場全体の問題であるため、職場内で指針を作ることも予防に効果的です。

目立つ場所に概要を掲示することも効果的ですが、ガイドラインの運用や 意識共有も含め、全体としてスピーチロック防止に取り組むことがより重要であると言えます。

スピーチロックを防ぐ言い換え言葉の例文

スピーチロックになる声がけ言い換え例
「待ってて!」「5分待ってください」
「やめて!」「○○さん、どうされましたか?」
「どうしてそんなことするの」「危ないので、次からこうしましょう」
「家には帰れません」「また帰る日がわかればお伝えします」
「そこにいて」「どこに行かれますか?」

利用者の立場になって考えてスピーチロックを防ごう

以上、スピーチロックについて解説しました。スピーチロックとは、無意識のうちに発した言葉によって身体を拘束してしまう状況で、介護者としては避けたいものです。

今回ご紹介したスピーチロックの対策を参考に、本人の立場に立って考えてみることで改善の糸口が掴めるかもしれません。まずは、いくつかの言い換えを試してみるところことから始めてみましょう。

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