介護におけるリスクマネジメントは、利用者に安全なサービスを提供するために欠かすことのできない考え方です。高齢者が暮らす介護施設では、常に転倒等の事故が起こる可能性があり、安全に暮らしてもらうためには周到な準備と対策が大切になります。そこで、当記事では介護施設で起こりがちな事故やヒヤリハットのケースを解説しています。ぜひお役立ていただければ幸いです。

目次

介護のリスクマネジメントとは?

介護の現場で事故を回避するためには、前もってどのような要素が事故に繋がりかねないか、原因についての分析や対処法を考えておくことが求められます。こうした取り組みを「リスクマネジメント」と呼びます。介護事故は100%防ぐことができないため、発生したときの備えが必要です。

そもそもリスクマネジメントとは?

最近、新聞やテレビのニュースなどで「リスクマネジメント」という言葉がよく使われるようになってきました。プロフェッショナルでなくとも、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

そもそもリスクマネジメントとは、どのような意味なのでしょうか?まずは言葉の意味から見ていきましょう。「リスク」とは、危険、恐怖、被保険者という意味があります。そして、「マネジメント」とは、経営管理、経営陣、処理、制御、舵取りなどを意味します。

そのため、元々「リスクマネジメント」という言葉は、損失などの回避を目指し、リスクを組織的に管理するという意味で用いられていました。発祥はアメリカで、保険の理論として発展したと言われています。

将来起こりうるリスクを想定し、リスクが発生した場合の損害を最小限に抑えるための対応策という訳です。リスクマネジメントは、リスクを事前に回避するための対策と、リスクが発生した際の補償という2つの側面を持っています。

介護におけるリスクマネジメントの必要性

介護の現場におけるリスクマネジメントは、利用者に質の高い介護サービスを提供するために必要であるとともに、介護職員がイキイキと働くために欠かせないものです。では、介護現場におけるリスクマネジメントの目的について見てみましょう。

まず第一の目的は、利用者の安全を確保することです。加齢により心身の機能が低下しているため、事故の危険性が高い高齢者にとって、介護事故は利用者の命に関わる問題であり、事故防止には細心の注意を払わなければなりません。

そして、訴訟の発生を未然に防ぐという目的もあります。特に、高額な訴訟を起こされると、事業所の経営に影響を与え、最悪の場合、事業所が倒産に追い込まれる可能性もあります。また、訴訟によって施設の信用が失墜することもあります。

さらに、利用者側だけでなく、介護職員が働きやすい環境を整えるためにも、リスクマネジメントは必要です。介護事故は、介護職員に精神的な傷を負わせることがあります。事故は、必ずしもスタッフ個人に原因があるわけではありません。

例えば、必要な場所に手すりがないなど、設備に問題がある場合もあります。介護スタッフが安心して働くためにも、リスクマネジメントは欠かせない要素なのです。

介護で頻発する事故やヒヤリハット事例

介護の現場では、何度かヒヤリハットの場面に遭遇することがあります。ヒヤリハットとは、重大な事故には至らないが、事故になってもおかしくないようなケースを指します。介護の現場では、ヒヤリハットレポートを書き、事例から学ぶことで、介護事故を未然に防ぐことができます。

実は、大きな事故の裏には、29件の小さな事故と300件のヒヤリハットがあると言われています。これは、ハインリッヒの法則と呼ばれる労働災害の考え方の一つです。では、具体的な事例を見てみましょう。

介護の事故やヒヤリハット例①転倒

まず、転倒につながりやすい入浴に関するヒヤリハットです。浴室で滑って転倒したケースでは、脱衣所や浴室の床の滑りやすさに注意が払われていなかったり、洗剤の泡を床にこぼして放置していたことが原因である可能性があります。

このような事故を防ぐためには、普段から浴室で一人で歩いている人の脇の下に手を入れておく、床の洗剤を適宜流すようにする、滑り止めのマットを敷くなどの対策が有効です。

介護の事故やヒヤリハット例②利用者による介助

施設の入所者同士、利用者同士での助け合いは、事故につながりかねない危険な行為です。車いすを押してあげるなどの介助のほか、食事を手伝おうとすることもあります。

そのような場面を見かけたなら、「仲が良くて微笑ましい」などと悠長なことを考えていてはいけません。例え声がけをして大丈夫と言われても、すぐに止めるようにしましょう。

介護の事故やヒヤリハット例③車いすの不適切な乗せ方

車いすのフットレストは硬く、突起や角があるため、皮膚に触れると外傷の原因になりますが、車いすの下にあるため、患者にとっても介護者にとっても「見えない」場所です。2012年1月から2018年6月までに、車いすのフットレストが原因で外傷を負ったという報告は35件あります。

事故の状況としては、35件中26件が「移乗のために患者を支えているときの受傷」、9件が「移乗のために車椅子を患者から引き寄せたり離したりしているときの受傷」となっています。

介護の事故やヒヤリハット例④不適切な服薬

介護におけるヒヤリハット事例では、服薬に関する事故も多数報告されています。たとえば、「午前と午後の薬のセットを間違えていた。」「薬を飲み忘れた。」のような例があります。

原因としては、「他の時間帯の薬と混ざりやすいように保管されていた。」「他の看護師が確認していると思った。」「担当の看護師が薬を渡しただけだった。」などが考えられるでしょう。

このような服役のヒヤリハットを避けるには、薬の管理箱を色分けし、一目でわかるようにする、服薬のダブルチェックなどの方法があります。

介護の事故やヒヤリハット例⑤誤嚥

誤嚥事故は、転倒ほど頻度が高くはありませんが、重大な結果を招く可能性が高いです。食べ物がいったん気道に詰まると、窒息死に至ることが多いからです。また、一命を取り留めたとしても、低酸素脳症になり、後遺症が残ることも少なくありません。

誤嚥事故は、提供された食べ物が飲み込みにくく、その人の嚥下能力に対して十分な大きさでない場合に起こります。次に、見守りが十分でなかったり、食事介助の方法が適切でなかったりすることが原因となることがあります。

介護者によっては、一口ごとに「ゴクン」と飲み込むようにしたり、口の中に食べ物が残っていないようにする必要がある場合もあります。第三に、誤嚥後の緊急対応が重大な事態を招くことがあります。

誤嚥した場合は、口の中のものを取り出して吸引する、背中をたたく、救急車を呼ぶなど、迅速かつ適切な対応をとることが必要です。しかし、誤嚥が疑われる場合でも、救急車を呼んでも手遅れになる場合もあります。

介護事故が起きたときには適切な対応を!

どのような対策をとっても、介護事故は起こり得ます。もし事故が起きてしまったら、どうしたら良いのでしょうか?事故が起きたときの適切な対応についても確認しておきましょう。

介護事故時の対応①応急処置

介護事故が発生した場合、まずは利用者の安全を確保することが最優先です。事故の状況を把握し、必要に応じて止血、人工呼吸、心臓マッサージなど、状況に応じた適切な処置をすることになります。

また、状況に応じて管理者、看護師、医師などの協力を仰ぎ、救急搬送の手配を行う必要がありますし、在宅サービスや移動中に事故が発生した場合は、直ちに管理者に連絡し、指示を仰ぐようにしてください。

介護事故時の対応②関係機関への連絡

訪問サービスを除き、日中はマネージャーをはじめ多くのスタッフが事務所にいることが想定されるため、関係するスタッフをすぐに集めて事故対応にあたるようにしましょう。

ただし、管理者等の関係者が不在の場合は、緊急通報を行い、必要な指示を仰ぐことが必要です。また、他の利用者がいる場合は、サービス提供や見守りを怠らないことも求められます。

サービスの種類によっては、夜間などに事故が発生することがありますが、このような場合には、直ちに管理者等に連絡し、緊急に対応するようにしましょう。

介護事故時の対応③家族への報告

事故が発生した場合、事業所の責任者及び担当職員は、ご家族に心からお詫びを述べるようにします。また、できるだけ早くご家族に連絡し、真摯な態度で事故の状況や利用者の現在の状態を説明することが求められます。

この時、事業所の都合で虚偽の説明をすると、法律で罰せられることがありますので、ご家族に必要な情報を丁寧にお伝えするよう心がけてください。

介護事故時の対応④被害拡大の防止

利用者の生命・身体の保護、事故状況の把握、関係機関等への連絡とともに、事態の収拾に向けた迅速な対応が必要です。具体的な対応策については、医師や関係機関等の指示に従ってください。

具体的な対応策の一例として、「結核の感染が疑われる利用者がいる場合、他に咳をしている利用者がいないか確認し、いる場合は医療機関へ受診させる、利用者と接触した可能性のある職員や他の利用者にも、速やかにX線検査を受けさせる」といった対応が求められます。

また、食中毒の疑いがある場合は、直ちに厨房設備の使用を中止し、医療機関へ搬送する、食事を外部委託する、などの対応が考えられます。

リスクマネジメント対策を立てよう!

高齢者や障害者の介護において、事故を完全になくすことは困難ですが、介護事故が発生した場合の心構えや予防、対応について、しっかりと理解しておくことが重要です。

対策①事故の記録・原因調査を行う

事故の状況、応急処置の方法、利用者の現在の状態などを記録するようにしましょう。発生した事象を時系列に整理し、事故前後の関係者の行動を把握できるようにします。

事故原因を特定した後は、個人の責任を追及するのではなく、事業所として再発防止策を検討し、必要な体制を整えることが大切です。また、再発防止策を検討する際には、必要に応じて関係機関の指導を受けるようにしましょう。

対策②ヒヤリハットの洗い出し

介護の分野では、人為的なミスが大きな事故につながることがあります。どんなに気をつけていても、誰にでもミスはあるものです。

介護の現場では、車いすへの移乗の際に利用者を傷つけてしまうなど、介護職員自身のミスが、利用者の命を奪う事故につながりかねません。

患者さんに接する際には、常に責任の大きさを意識すると同時に、小さなヒヤリハットでも周囲のスタッフと共有し、施設全体で同様のミスを再発させない対策をとることが重要です。

対策③安全管理への体制を整備する

安全管理の体制整備をすることも大切です。平常時の対策、事故発生時の対策等については、行政から提供されるチェックリストを活用し、万全の対策を講じるようにしましょう。

介護のリスクマネジメントに取り組もう

リスクマネジメントは、質の高いサービスを提供するために必要なだけでなく、介護従事者や事業所を守るためにも重要です。ヒヤリハット事例を参考に、リスクの高い事故を予測し、対策を講じましょう。

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